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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6006号 判決

原告 塩田勉

右訴訟代理人弁護士 渡辺征二郎

被告 東京ゼネラル貿易株式会社

右代表者代表取締役 飯田克己

被告 飯田克己

被告 南則男

右被告三名訴訟代理人弁護士 北川豊

主文

原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告らは、各自原告に対し、金一〇九三万七〇〇〇円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び抗弁に対する認否として、次のとおり述べた。

一、被告東京ゼネラル貿易株式会社(以下被告会社という。)は、商品先物取引の間接代理人として、委託者のために法律行為(取次)を行う一方で委託者に専門的立場から助言を行っている者である。

原告は、先物取引の知識経験を持たない小学校の教師である。

二、被告会社の従業員である訴外遠山哲博(以下単に遠山という。)は、昭和五九年一〇月一〇日ころ原告を勧誘して、同月一五日原告をして先物取引を行う基本契約(以下本件契約という。)を締結させた。

三、先物取引から生じる損益は、いわゆる自己責任の原則により、すべて委託者に帰属する。しかもその損失はしばしば多額に上るため、長期間の努力によって蓄積した資産を瞬時に失うことがある。先物取引に参加するか否かは、委託者の人生を大きく左右する極めて重要な問題として、委託者が先物取引の本質を理解し、自由で自主的な意思決定に基づいて行うことが特に要請される。

したがって、間接代理人として委託者のために行為すべき立場にある被告会社は、契約を成立させる過程において、委託者の自由で自主的な意思決定を妨げないように、次のような信義則上の注意義務(忠実義務)を負っていると解すべきである。

1. 職業、資金の性格、投資目的に照らして先物取引を行うことが適当でない者に対しては、最初から勧誘してはならないし、勧誘の途中にこのことがわかれば、勧誘を中止すべきである。

2. 勧誘に当たっては、取引上重要な事実を十分に開示すべきである。

四、しかるに遠山は、原告を勧誘して本件契約を締結させるに当たり、次のとおりの義務違反を犯した。

1. 原告が週二回人工透析を受けている一級身体障害者であり、かつ原告の資金が家屋新築のためのものであることを知りながら、あるいは注意をすれば知りえたにもかかわらず過失によりこれを知らないで、原告を先物取引に勧誘した。

2. 米国大豆の先物取引が利殖の方法として適当であり、短期に銀行預金とは比べものにならないくらいに儲かるから、原告もこれを行うのがよいと助言しながら、先物取引の目的は価格変動の危険を危険回避者から投機家に移転することにあり、高度の知識・経験により相場見通しに自信をもった投機家が参加すべき契約市場であること、株式投資と違ってゼロサムゲームであり、全員が儲かるというわけではなく、素人顧客の大半が結局は損をしていること及び知識・経験のない者が参加することは非常に危険であり、できれば参加しない方がよいことに関しては、何ら助言をしなかった。

3. 原告が株式取引も商品取引も全く経験がなく、米国大豆の生産状況、需給関係、内部要因等の知識を欠いていることを知りながら、あるいは注意をすれば知りえたにもかかわらず過失によりこれを知らないで、第一回取引を成立せしめた。

五、原告は、遠山の右のような忠実義務違反行為により、本件契約を締結させられ、損害を被った。その損害は、契約締結の準備段階における信義則違反による損害であって、観念的には、契約成立自体(本件契約及びこれに基づく個々の委託契約)が損害であり、現実には、金一〇九三万七〇〇〇円の取引損(手数料込み)を被った。

六、被告飯田克己、同南則男は、共に被告会社の代表取締役であり、被告会社の従業員に対して忠実義務違反がないように監督する責任を有するものであるが、意識的に、学校の先生その他先物取引についての知識・経験のない者をねらった無差別勧誘を日常業務として行っており、その業務を行うにつき悪意又は重大な過失があったものとして、商法二六六条ノ三第一項により被告会社と連帯して原告の被った損害を賠償する義務を負うものである。

七、よって、原告は、被告らに対し、右損害金一〇九三万七〇〇〇円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

八、本件契約を締結するについて、原告に過失はない。仮に過失があったとしても、本件のように一方が他方に忠実義務を負う関係にある場合には、過失相殺の法理は適用がない。

第二、被告ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、認否及び抗弁として、次のとおり述べた。

一、請求原因一の事実のうち、原告が先物取引の知識経験を持たないことは不知、その余の事実は認める。

二、請求原因二の事実は認める。

三、請求原因四ないし六の事実は、被告飯田・同南が被告会社の代表取締役であることを認めるほかは、否認する。

遠山は、原告に対する勧誘に際し、被告会社の案内、輸入大豆に関する資料等を原告に交付し、それらを見てもらいながら、商品取引の仕組み及びその利害得失、特に、利益になる場合もあれば損をする場合もあることをよく説明した。原告は、これらを十分理解したうえ、自由な意思に基づいて本件契約を締結したものである。

四、仮に被告らが損害賠償の責を負わなければならないとしても、原告にも、本件先物取引をすること及び損害の発生、拡大について重大な過失があったというべきである。

すなわち、仮に原告の主張するように、原告が先物取引について十分な知識と理解を有していなかったとするならば、本件契約の締結に当たり、進んで遠山をして納得のゆくまで説明させるべきであったのに、原告はその努力を怠った。また、本件契約締結後の個々の委託注文に基づく取引については、被告会社は、その都度法定の売買報告書及び計算書を原告に送付しているのであるから、原告において不安を抱く点があれば、問合わせや中途解約の申入れ等の措置を講ずべきであるのに、原告からは、何らの苦情の申し出もなく昭和六〇年一月二二日まで委託注文が継続してなされていたのである。

よって、損害賠償義務の範囲に関して原告の過失が斟酌されるべきである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、被告会社が、商品先物取引の間接代理人として委託者のために法律行為(取次)を行う一方で委託者に専門的立場から助言を行う者であること、原告が、小学校の教師であること、被告会社の従業員である遠山が、昭和五九年一〇月一〇日ころ原告を勧誘して、同月一五日原告をして本件契約を締結させたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和二三年から小学校教員の職にある者で、昭和五九年一〇月当時は栃木県芳賀郡芳賀町立高橋小学校の教頭であったこと及び商品取引についての経験を有していなかったことが認められる。

三、〈証拠〉(後記措信しない部分を除く。)によると、次の事実を認めることができる。

遠山は、被告会社の外務員として、学校の校長又は教頭の職にあるものを対象として勧誘活動をしていた昭和五九年一〇月初めころ、名簿によって原告を抽出し、原告の勤務先である高橋小学校へ電話して、原告に対し、利殖としての商品先物取引を勧誘した。その時は原告から断わられたが、同月一一日再び原告に電話して、面接の上説明したいと申し入れ、原告の承諾を得て翌一二日高橋小学校を訪れ、職員室で原告に面接して、商品先物取引について説明して、取引に参入することを奨めた。

その際遠山は、原告に対し、被告会社の案内を記載したパンフレットと、先物商品である大豆のカタログとを交付した上、商品先物取引の仕組みを紙に図などを書いて説明し、損をする場合もあるが、良い時期に当たれば利益が大きく、短期間で儲かる有利な利殖方法であること、今、大豆の値がはね上がりそうな状況であること等を話して、大豆の先物を買うことを勧誘した。その日は、原告が授業に出る時間に至ったため、遠山は、検討を依頼して辞去し、同月一五日朝再び原告に架電して、前同様大豆への投資を奨めたところ、原告が二〇枚買うことに応じたので、同日高橋小学校を訪ねることを約した。

原告は、遠山から勧誘を受けるまでは、商品取引については新聞記事を読む程度の知識しかなく、勧誘を受けた当初はさしたる関心を示さなかったが、二度、三度と奨められるうち、一四〇万円(大豆二〇枚分の証拠金)くらいなら資金として操作できるので利殖として試しにやってみようという気になり、前記一五日の原告からの電話に際し、大豆二〇枚を買うことを承諾し、銀行預金から一四〇万円を引き出して、遠山の来訪を待った。

かくて、同日午後高橋小学校において、売買取引委託に関する承諾書等関係書類に原告が署名押印して、本件契約を締結するに至った。

以上の事実を認めることができる。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

四、商品取引員が、商品先物取引のような高度の専門知識と経験を要する投機への参入を、未経験の一般人に勧誘するに当たっては、契約締結の準備段階としての交渉に入った者の信義則として、勧誘を受ける者に対し、商品先物取引の仕組みと、それが投機であって危険を伴うものであることを十分に理解させるための説明をすべき義務を負うものということができるが、その程度、内容は、それが信義則の適用場面であることからして、一律に求められるものではなく、勧誘の相手方の知的水準、年齢、社会又は家族における地位、教養、資力等を総合して個別に判断されるべきものといわねばならない。

これを本件についてみると、原告は、昭和二三年から小学校の教員を勤め、本件契約当時は年齢五六歳(記録上明らか)、小学校教頭の地位にあったのであるから、社会常識と教養を備えた知識人であり、かつ給料生活者として少なくない収入を得ていた者ということができる。してみると、このような原告に対して遠山のした前記認定の説明の程度、内容は、一応の必要性を備えているものと認められ、これをもって、説明義務を尽くさず信義則に反するものと評価することはできない。

五、原告は、原告が週二回人工透析を受けている一級身体障害者であり、原告の資金が家屋新築のためのものであったから、遠山は勧誘すべきでなかったと主張する。

〈証拠〉によると、右の事実及び遠山が勧誘当時右事実を知らなかったことが認められるが、仮に遠山がこれを知っていたとしても、前者は原告が本件契約を締結すべきか否かの判断をするに支障となる障害とは認められず、後者は、家屋新築のための資金を一時投機に流用しようとする者に対し、それを勧誘してはならないとまでは言えない。

次に原告は、遠山が、素人顧客の大半が結局は損をしていること及び知識・経験のない者が参加することは非常に危険でありできれば参加しない方がよいことを助言しなかったと主張するが、商品取引員の外務員の勧誘活動に右のような助言を要求することは、勧誘行為と矛盾する行為を求めることに帰し、特段の事情のない限り、社会通念上そこまでの義務を求められるものではないといわざるをえない。

原告はまた、遠山は、原告が株式取引も商品取引も全く経験がなく、米国大豆の生産状況、需給関係、内部要因等の知識を欠いているのに、本件契約を締結させたと主張するが、この主張は、ひっきょう、いわゆる一般素人に対しては勧誘してはならないという結論に至ることになるが、商品取引所法はそのような勧誘を禁じているものとは認められない。

よって、原告の以上の主張は、いずれも失当である。

六、そうすると、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋欣一)

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